行き当たりバッチリ
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映画「トライアングル」についての解釈

悔しいし、せっかくの労力を無駄にするのもアレなので、投稿エラーとなったコメントをここに載っけておく。
文章は書き込もうと思ったブログの本文に対する「返答」的な部分もあるので、映画を見てなかったり、対象ブログの本文を読んでいない方には理解不能な箇所があるかと思いますが、あしからず。既に長文を3度書いて、投稿に失敗してるので、さらに文章を書き直す気力はもう残ってません・・・・・(苦笑)。
※ 文章は3つ書いたが、1つめはコピーする前に消失。

2つめのコメント
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テレビのサタシネで放送されたので見たのですが、確かに矛盾だらけのお話でした。映画の中だけでつじつまを合わせようとしても無理なので、勝手に想像も加味して考えても、やっぱり何らかの矛盾が発生してしまう。ただ、このお話が「ループ地獄」じゃなくて「パラレルワールドの迷路」だと考えると少し矛盾は減ってくる気がする。
船内のバナナは食べても食べても次のループでは元に戻ってるのに、サリーの死体や排水溝のペンダントがどんどん増えていくのは、それが迷路の中の1つの行き止まりだからじゃないか。ゴールじゃないので、主人公は少し戻って別のルートを選ぶことが出来るが、「別の選択肢」を選んだ時点でパラレルワールドが発生する・・・・そのため、主人公がもうひとりの自分に会うという「ループでは説明出来ない事象」が起こるのではないだろうか。
しかし、いくら選択肢を変えても、迷路の中に居るのは変わらず、最後まで抜け出すことは出来ない。それは、主人公が既に死んでいて、迷路と言うのは地獄だから。
じゃあ、主人公はいつ死んだのか?映画の終盤で出て来る車の事故?事故直後に現れるタクシー運転手は実は死神?もしそうだとすると、死んだ人間が生きてるヨットの面々に会うのはおかしいので、実際はヨットの面々は現実世界では生きていて、主人公が会うのは迷路の中に死神が作り出したパラレルキャラなのかもしれない。つまり、迷路に居たのはあくまで主人公ひとりだけ。しかし、終盤で主人公は選択肢の1つとして家に戻って、「家に居た自分」を殺すのだけど、殺す理由が分らない。「事故に遭う筋書きを変えたかった」なら、家を出なければ良い。
ひょっとすると、地獄の起点は実は「車の事故よりもっと前」なんじゃないだろうか。事故の前にフロントガラスに当たって死んだ鳥を捨てるシーンがあるが、鳥の死骸が何羽もあって、既にループが始まってると思わせるシーンがある。そこで考えたのは、これは映画の中には一切描かれていないが、主人公はストレスが溜まりまくって息子を殺してしまい、その後自殺したんじゃないかってこと。つまり「自分が自分を殺す=自殺」という案。息子に対する虐待程度の話ではなく、実際は息子を殺しちゃってた・・・・ってことなら、無限地獄に陥るのもうなづけるし、家に戻った主人公が自分を殺すのも「これから息子を殺そうとするのを阻止した」ということで納得がいく。映画の冒頭から一見普通の風景なのに映像が何だかゆっくり流れてて、「非日常的な雰囲気」をかもし出していたのも、映画の冒頭が実際の「地獄の起点」だったからじゃないか。ただし、主人公は既に死んでいて、あくまでもそこは「迷路の中」なので、どんな選択肢を選んでも結局は事故るし、息子は死ぬ。しかし、たとえ幻想であっても息子を救いたいと思う主人公は、無駄と知りつつもほかの選択肢を試すために、再びやり直そうと船着場へ向かう・・・・。
私としてはこんな解釈でしたが、どうでしょうか?

3つめのコメント
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物語の起点についての解釈です。
主人公が「世にも奇妙な世界」をさまよっているのは分りますが、ではいつその世界に足を踏み入れたのか。
ネット上では、車の事故がスタート地点という意見が多いけど、実はもっと前なんじゃないか?実は主人公は自宅で息子を殺し、自分もその場で自殺してる・・・というのが私の案です。
自宅が起点だとすると、※38が既にループ内なのも解決するし、※34の行動も「これから息子を殺そうとしている自分を殺して阻止した」と見ることが出来る。車の中で動揺してたのもこれなら納得出来るし、物語のメインテーマが「ループからの脱出」じゃなくて「何とか息子の死という筋書きを変えたい」ということなら、主人公の頑張りもうなづける。単に「ループからの脱出」が目的なら、あるいはこれが「自分ひとりだけの問題」なら、最もてっとりばやい解決案である「自殺する」という方法があったはず(そうすればヨットの面々を殺さずに済む)なのに、それをしなかったのは、自分の死よりも大切な目的があり、どうしてもループを繰り返す必要があった(=息子を救うまで繰り返す気だった)からじゃないかと。
ちなみに、このループはあくまでも主人公一人(実際には息子も死んでるので客観的には2人)が陥っているもので、ヨットの面々は現実世界ではちゃんと生きてるんじゃないかと思ってます。ループ世界は主人公の死後に死神が作り出した世界であり、主人公以外は全て幻。そのため、船内のバナナは食べても食べても次のループでは元に戻ってるし、サリーの死体や排水溝のロケットはどんどん増えていく。どちらも死神が造ったものなんだけど、主人公の選択肢(行動や行為)の先にあるものは選択肢の数だけ増えていき、主人公の選択に因らないもの(死神が造った人物が幻の空間内で行う行動など)は書き込まれたプログラムのように変わらない。
では死神は誰かと言うと、主人公を船着場に送ったタクシー運転手。「待ってる」だったか「また戻ってくるよね?」的な事を主人公に言ったのは、ここが無限ループの地獄で、既に死んでる主人公がそこから抜け出す術が無いこと、主人公が息子を救うために何度もループをやり直すだろう事を知っていたからなんじゃないか。主人公が自宅で既に自殺していたなら、死神の出て来るタイミングがおかしいかもしれないけど、事故で足が無くなったときに「送ろうか?」と言って出てくるほうが不自然さが無い。主人公は、タクシー運転手が死神だろうことには気付いてなかっただろうし。
・・・・と、こんな解釈はいかがでしょうか。

というわけで、あくまでメモ的なものです。
文章・・・・・長いですか?これ、コメントの投稿エラーの原因になるほどの長さなのかなぁ??
うーーーむ・・・・・・。

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