行き当たりバッチリ
フッカーSの趣味や、日々の出来事、思ったことなどを書いてます。

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ガム爆弾

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今テレビで「ミッション:インポッシブル」(1996)を放送してて、その中に出てくる「2色を混ぜると爆発するガム爆弾」を見て「あれ?」と思った。
「もう交わってるんですけど?」
接してる面が少ないけど、化学反応が起こればガム全体が爆発する(火薬料は同じ)はずなので・・・・・タイヘンな事になるんじゃなかろうか。
うーーむむむ???


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「いわゆるホラー映画」のジャンル分け

今まで3000本以上のSF/ホラー映画を見てきた私が考える、ホラー映画のジャンル分けの仕方。
ジャンルの分け方や、作品ごとの仕分け方は、人によって様々だし、最近はジャンルが複合する作品も多い。
よって、このジャンル分けはあくまで個人が考えるものであり、メモ的なものです。

怪奇映画・・・・古典的なモンスター映画やクラシック映画など。単純な恐怖よりも悲哀が濃かったり、人間ドラマに重点が置かれていたり、独特の様式美があったりする。ゴシック映画やモンスター映画に分類することも出来る。。(例:魔人ドラキュラ、フランケンシュタイン)
テラー・・・・恐怖の内容が現実的で、実際に出遭うかもしれないようなリアルな恐怖を味わうもの。殺人鬼などが絡む犯罪ものとか、カルト宗教、人道から外れた医療の話など。(例:ホステル、屋根裏部屋の花たち、コーマ)
ショッカー・・・・驚かすことをメインにした映画。恐怖というよりもビックリドッキリ。しゃっくりが止まるような映画。「突然バーン!」「音がドーン!」(例:ザ・ショック、エンティティー 霊体)
オカルトもの・・・・心霊・宗教・超自然・悪魔などを扱ったもの。サイキック(超能力)ものもここら辺に入る。(例:オーメン、エクソシスト、シックス・センス)
モンスター映画・・・・未知のクリーチャーや伝説の怪物などが襲ってくる映画。(例:放射能X、トレマーズ)
ゴシック・・・・一定の様式美を持った古風な雰囲気のある映画。(例:幻の城 バイロンとシェリー、インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア)
サスペンス・・・・瞬間的な怖さよりも、物語の謎によって喚起される不安と緊張感を味わうもの。例えれば「ジワジワゾクゾク」。(例:セブン、ヒッチコック監督作の多く)
スリラー・・・・サスペンスに似ているが、謎解きよりも恐怖を味わうことをメインにしているもの。そのため、一定間隔でショックな出来事が起こる。例えれば「3・2・1・ドン!」。「犯人が先に分かっているもの」をミステリーとする人も多いが、謎が解けているのに怖いならスリラーに入れるのが妥当じゃないかと思う。(例:激突!、SAW)
ミステリー・・・・物語の謎解きがメインとなるもの。(例:ヴィレッジ、レディ・イン・ザ・ウォーター)
サイコスリラー・・・・物語の中で登場人物の心理描写(不安やかけひきなど)がメインに描かれる、または精神的に異常をきたした人物が襲ってくるものなど。(例:サイコ、アイデンティティー、マジック、サイコ・シンドローム 僕だけを見て)
スプラッター(スラッシャー)・・・・人体破壊・殺人などグロがメインだが、怖さもしっかりある。ゾンビ映画はここら辺に入る。スプラッターとスラッシャーをあえて分けるとすれば、スプラッタは解体&内臓ドッサリ、スラッシャーは切り裂き&血がドッバー。(例:ゾンビ(スプラッター)、死霊のはらわた(スプラッター)、13日の金曜日(スラッシャー)、スクリーム(スラッシャー))
ゴア・・・・人体破壊・殺人などがメインで、怖さよりも断然グロが優先。ただひたすらにドロドログチャグチャ。(例:ギニーピッグ・シリーズ、食人族)
SFホラー・・・・物語が宇宙で展開する、あるいは科学的な設定が大きく絡むもの。(例:エイリアン、遊星からの物体X)
バイオホラー・・・・SFに対して、科学ではなく「化学」を扱ったもの。ゾンビものの一部や殺人ウイルスが広がる話、薬品などで体が変異する話など。(例:アウトブレイク、バイオ・インフェルノ、ゾンバイオ 死霊のしたたり)
サバイバルホラー・・・・1つの場所に居る複数人のグループが、生き残りをかけて戦う、または襲ってくるものから逃げるお話。グループ内に特殊技能や知識を持った人物が居たり、黒幕や裏切り者が居る場合がある。単純に生き残るだけの話ではなく、生き残って時間内に何かを成し得ないと無関係な人々や世界が「ヤバイ事になる」といった、タイムリミットや試練が課される場合もある。アクションがメインとなる場合も多い。(例:ファイナル・デスティネーション、ドーン・オブ・ザ・デッド、デモンズ、キャビン)
エンターテインメントホラー・・・・ノリやテンポが軽快で、恐怖よりも楽しさが感じられるような映画。襲われる人々よりも襲う側がスター扱いとなっている場合が多い。監督やスタッフなどがホラー映画のマニアだったり、登場クリーチャーのファンだったりすることも多い。(例:ドラキュリアン、ワックスワーク、フレディvsジェイソン)
コミカルホラー・・・・どことなくユーモラスなもの、あるいは完全に笑うのが目的のパロディやコメディ。(例:バタリアン、ヤング・フランケンシュタイン)
カルトホラー・・・・趣味思考がごく少数向け、あるいは意味がよく分からないお話。エログロやアングラもここらに入る。(例:イレイザーヘッド、バスケットケース)
B級ホラー・・・・メジャーヒットするような内容では無く、かといってカルトになるほどの話題性やカリスマ性も無い作品群。脚本家や監督の力不足で、話の展開が珍妙だったり無意味な話が続いたりする。予算の関係でビジュアル面がショボい場合も多いが、低予算でも大ヒットする作品があるため、B級化する要因の多くはスタッフの力量にあると考えられる。大抵は、一部劇場でごく短期間に公開されるのみか、ビデオスルーとなる。設定やお話の展開が理解不能なため、ジャンル分けが難しいものも多い(わけが分からない作品はほとんど、「B級ホラー」に放り込んどけばオッケー)。無理すればジャンルを分けることも出来るが、後で誰かに「え!?これもこのジャンルなの??」といわれてしまう場合もあるので、そういう場合は「まあ、B級だからね」と答える。鑑賞スタイルは、笑って見るのがスタンダードだが、笑えない作品(ただひたすらに退屈)な作品も多いので要注意。(例:アルバトロス社の作品群、トランスフォーマー社の作品群)
ダークファンタジー・・・・架空の歴史や動物を扱っているもの。魔法が絡む話も多い。(例:パンズ・ラビリンス、スリーピー・ホロウ)
パニック映画・・・・大規模な自然現象や実在の生物群などが人間を襲うもの。(例:ツイスター、ピラニア)
ジャパニーズホラー・・・・内容的にはオカルトものに含めても良いが、日本独自の宗教観や風習などが物語の柱にあり、怖さのタイプが異なっている。独自の文化が柱になっていることから、外国では怖さよりもユーモラスな印象が強かったり、怖いと感じる場面が異なっていたりする(笑いのツボが違うのと同じ)。同じように、キリスト教などの宗教観が濃いオカルト映画では、日本人が見ても怖いと思わない場面が多々ある。(例:東海道四谷怪談、リング)
オムニバスホラー・・・・共通のテーマを扱った短編、またはジャンルや内容が全く異なる短編が集まった映画。作品中にはストーリーテラー(この場合のテラーはtellerでterrorではない)や狂言回しが存在する場合が多い。(例:世にも奇妙な物語 映画の特別編、クリープショー)



映画「トライアングル」についての解釈

悔しいし、せっかくの労力を無駄にするのもアレなので、投稿エラーとなったコメントをここに載っけておく。
文章は書き込もうと思ったブログの本文に対する「返答」的な部分もあるので、映画を見てなかったり、対象ブログの本文を読んでいない方には理解不能な箇所があるかと思いますが、あしからず。既に長文を3度書いて、投稿に失敗してるので、さらに文章を書き直す気力はもう残ってません・・・・・(苦笑)。
※ 文章は3つ書いたが、1つめはコピーする前に消失。

2つめのコメント
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テレビのサタシネで放送されたので見たのですが、確かに矛盾だらけのお話でした。映画の中だけでつじつまを合わせようとしても無理なので、勝手に想像も加味して考えても、やっぱり何らかの矛盾が発生してしまう。ただ、このお話が「ループ地獄」じゃなくて「パラレルワールドの迷路」だと考えると少し矛盾は減ってくる気がする。
船内のバナナは食べても食べても次のループでは元に戻ってるのに、サリーの死体や排水溝のペンダントがどんどん増えていくのは、それが迷路の中の1つの行き止まりだからじゃないか。ゴールじゃないので、主人公は少し戻って別のルートを選ぶことが出来るが、「別の選択肢」を選んだ時点でパラレルワールドが発生する・・・・そのため、主人公がもうひとりの自分に会うという「ループでは説明出来ない事象」が起こるのではないだろうか。
しかし、いくら選択肢を変えても、迷路の中に居るのは変わらず、最後まで抜け出すことは出来ない。それは、主人公が既に死んでいて、迷路と言うのは地獄だから。
じゃあ、主人公はいつ死んだのか?映画の終盤で出て来る車の事故?事故直後に現れるタクシー運転手は実は死神?もしそうだとすると、死んだ人間が生きてるヨットの面々に会うのはおかしいので、実際はヨットの面々は現実世界では生きていて、主人公が会うのは迷路の中に死神が作り出したパラレルキャラなのかもしれない。つまり、迷路に居たのはあくまで主人公ひとりだけ。しかし、終盤で主人公は選択肢の1つとして家に戻って、「家に居た自分」を殺すのだけど、殺す理由が分らない。「事故に遭う筋書きを変えたかった」なら、家を出なければ良い。
ひょっとすると、地獄の起点は実は「車の事故よりもっと前」なんじゃないだろうか。事故の前にフロントガラスに当たって死んだ鳥を捨てるシーンがあるが、鳥の死骸が何羽もあって、既にループが始まってると思わせるシーンがある。そこで考えたのは、これは映画の中には一切描かれていないが、主人公はストレスが溜まりまくって息子を殺してしまい、その後自殺したんじゃないかってこと。つまり「自分が自分を殺す=自殺」という案。息子に対する虐待程度の話ではなく、実際は息子を殺しちゃってた・・・・ってことなら、無限地獄に陥るのもうなづけるし、家に戻った主人公が自分を殺すのも「これから息子を殺そうとするのを阻止した」ということで納得がいく。映画の冒頭から一見普通の風景なのに映像が何だかゆっくり流れてて、「非日常的な雰囲気」をかもし出していたのも、映画の冒頭が実際の「地獄の起点」だったからじゃないか。ただし、主人公は既に死んでいて、あくまでもそこは「迷路の中」なので、どんな選択肢を選んでも結局は事故るし、息子は死ぬ。しかし、たとえ幻想であっても息子を救いたいと思う主人公は、無駄と知りつつもほかの選択肢を試すために、再びやり直そうと船着場へ向かう・・・・。
私としてはこんな解釈でしたが、どうでしょうか?

3つめのコメント
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物語の起点についての解釈です。
主人公が「世にも奇妙な世界」をさまよっているのは分りますが、ではいつその世界に足を踏み入れたのか。
ネット上では、車の事故がスタート地点という意見が多いけど、実はもっと前なんじゃないか?実は主人公は自宅で息子を殺し、自分もその場で自殺してる・・・というのが私の案です。
自宅が起点だとすると、※38が既にループ内なのも解決するし、※34の行動も「これから息子を殺そうとしている自分を殺して阻止した」と見ることが出来る。車の中で動揺してたのもこれなら納得出来るし、物語のメインテーマが「ループからの脱出」じゃなくて「何とか息子の死という筋書きを変えたい」ということなら、主人公の頑張りもうなづける。単に「ループからの脱出」が目的なら、あるいはこれが「自分ひとりだけの問題」なら、最もてっとりばやい解決案である「自殺する」という方法があったはず(そうすればヨットの面々を殺さずに済む)なのに、それをしなかったのは、自分の死よりも大切な目的があり、どうしてもループを繰り返す必要があった(=息子を救うまで繰り返す気だった)からじゃないかと。
ちなみに、このループはあくまでも主人公一人(実際には息子も死んでるので客観的には2人)が陥っているもので、ヨットの面々は現実世界ではちゃんと生きてるんじゃないかと思ってます。ループ世界は主人公の死後に死神が作り出した世界であり、主人公以外は全て幻。そのため、船内のバナナは食べても食べても次のループでは元に戻ってるし、サリーの死体や排水溝のロケットはどんどん増えていく。どちらも死神が造ったものなんだけど、主人公の選択肢(行動や行為)の先にあるものは選択肢の数だけ増えていき、主人公の選択に因らないもの(死神が造った人物が幻の空間内で行う行動など)は書き込まれたプログラムのように変わらない。
では死神は誰かと言うと、主人公を船着場に送ったタクシー運転手。「待ってる」だったか「また戻ってくるよね?」的な事を主人公に言ったのは、ここが無限ループの地獄で、既に死んでる主人公がそこから抜け出す術が無いこと、主人公が息子を救うために何度もループをやり直すだろう事を知っていたからなんじゃないか。主人公が自宅で既に自殺していたなら、死神の出て来るタイミングがおかしいかもしれないけど、事故で足が無くなったときに「送ろうか?」と言って出てくるほうが不自然さが無い。主人公は、タクシー運転手が死神だろうことには気付いてなかっただろうし。
・・・・と、こんな解釈はいかがでしょうか。

というわけで、あくまでメモ的なものです。
文章・・・・・長いですか?これ、コメントの投稿エラーの原因になるほどの長さなのかなぁ??
うーーーむ・・・・・・。



サマーウォーズ



細田守監督の2009年公開のアニメ映画です。
キャラがゴチャゴチャとひしめくモブ絵が好きな私には、たまらない映画でした(笑)。“ラブマシーン”と膨大なアバターが画面いっぱいにひしめいている光景は、まるで「デビルマン」の“最終戦争”のシーンのようでした(もちろん、実写版「デビルマン」(2004)ではなく、原作漫画の方です。実写版は、私の中では「無かったことになってる」ので・・・・笑)。



ダイコンⅣ・オープニングアニメ



ダイコンⅣ・オープニングアニメは、1983年に大阪で開催された第22回日本SF大会のオープニング用に作られた、4分半ほどの半自主アニメ作品であります。私がビデオでこの作品を見たのは、86年か87年頃だったかと記憶しています。当時はアニメにそれほどの思い入れは無かったのですが、すでにSFホラー映画のマニアであったため、そちらの方面から作品を知ったのでした。
初めてこの作品を見たときの衝撃は、いまだに鮮明に憶えています。そして、毎日毎日、何度も繰り返しビデオを再生して凝視しました。貯金をはたいて衝動的に8ミリビデオカメラを買い、セルを使ったアニメを作り始めたくらい、強い影響を受けました。アニメの方は、想像以上の作業量を前にしばらくして頓挫しましたが、2010年にパソコンで自作した「喋り場の歌プロモーションビデオ」の後半のフライングシーン(モブシーン)は、もろにダイコンⅣアニメの影響が出ていたはずです。また、私がときどき描くモンスターのモブ絵なんかも、考えてみるとダイコンⅣアニメの後半に出てくるモブシーンの影響(モロ)ですね(笑)。
素人の私でもそれほどの影響を受けた作品ですが、この作品はその道のプロにもかーなりの影響を与えたようです。いまだに、明らかにダイコンⅣアニメへのオマージュと見える作品が、最近になってもちょくちょく見かけられます。有名なところでは、アニメ「フリクリ」(2000)内での“ダイコンⅤ”、実写ドラマ「電車男」(2005)のオープニングアニメ(月面兎兵器ミーナ)など。他にも、MMD杯2011(フリーソフト「MikuMikuDance」を使用した動画の大会)では、ダイコンⅣアニメを手本にした動画が投稿されていました。
影響力って、宇宙で波紋を起こすような感じなんでしょうかね。無限にどこまでも広がっていくようなイメージ。しかも、力はまったく弱まらない・・・・・。

PS:昔の持ち物をさぐってみたら、完全に失われたと思っていた80年代の自主アニメのセル画が、1枚だけ見つかりました(左側)。ギザなつかしす!

右は、ボールペンで描いた過去のモブ絵の1枚。





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